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名古屋地方裁判所 昭和34年(ワ)1641号 判決 1960年7月29日

原告 寺西喜一

外五名

右原告等訴訟代理人弁護士 佐藤米一

右同 三治綾蔵

被告 岩間晶通

外二名

右被告三名訴訟代理人弁護士 小川剛

右復訴訟代理人弁護士 加藤平三

被告 冨坂喜代造

右被告四名訴訟代理人弁護士 籏鶴松

右同 籏進

主文

別紙目録記載の土地の所有権が原告等にあることを確認する。

被告等は原告等に対し右土地につきなしたる名古屋法務局広路出張所受付昭和三十四年六月十日第壱弐弐四四号売買による所有権移転登記の抹消登記手続をなし、且つ右土地を引渡せ。

被告冨坂喜代造は原告等に対し金三百二十九萬三千百円と引換に昭和三十三年十二月八日売買予約の仮登記に基く右土地の所有権移転登記手続をしなければならない。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告等代理人は主文同旨の判決を求め、請求の原因として、

原告等は昭和三十三年十二月八日被告冨坂喜代造より同人所有の別紙目録記載の土地を(イ)代金金四百一萬三千百円、(ロ)手附金金四十八萬円。但し内金十六萬円は昭和三十三年十二月八日、残手附金三十二萬円は同年十二月二十五日に支払うべく、(ハ)代金の内金七十二萬円は昭和三十四年一月三十一日、残金三百二十九萬三千百円は同年五月上旬に支払うべく、(ニ)右代金完納と同時に登記する約にて買受け、右約旨に従い原告等は被告冨坂喜代造に対し昭和三十三年十二月八日右手附内金金十六萬円の交付を了し、更に同年十二月二十六日残手附金金三十二萬円を、次いで右代金内金金七十二萬円を弁済の為提供するも受領せぬので夫れ夫れ供託した。

而して原告等は昭和三十三年十二月八日右売買契約にもとずき右土地につき売買予約の仮登記仮処分をして置いたところ、被告冨坂喜代造は昭和三十四年六月十日被告岩間晶通、岩間妙子、同武藤キヨミに対し右土地を二重に売却し、名古屋法務局広路出張所受付昭和三十四年六月十日第壱弐弐四四号をもつてこれが所有権移転登記手続を為し、且つ右土地を引渡し現に同被告等がこれを占有している。

よつて原告等は、右土地の所有権が原告等に在る事の確認と共に被告等に対し右土地につきなされたる名古屋法務局広路出張所受付昭和三十四年六月十日第壱弐弐四四号売買による所有権移転登記の抹消登記手続並に右土地の引渡を、又被告冨坂喜代造に対し右売買残代金金三百二十九萬三千百円と引換えに右土地の原告等に対する右売買に因る所有権移転登記手続を求めるため本訴請求に及ぶ。と述べ、

被告の抗弁に対し右手附は単なる証約手附に過ぎない。仮に解約手附なりとするも被告冨坂喜代造が手附金四十八萬円の一部である金十六萬円の倍額を供託して原告等との右売買契約を解除する意思表示をしたことは認めるも、かかる手附金の一部の倍額供託による解除は無効である。当初の金四十八萬円の手附契約が予約であつても被告冨坂喜代造はこれを解除すべき何等の権利もない。また原告等が昭和三十三年十二月二十五日手附の残金三十二萬円を供託したのに対し、被告冨坂喜代造は右供託金を受領することなく単に右金額と同額の金三十二萬円を原告等の為に供託したことは認めるも該供託にあたり手附倍戻の解約の意思表示もなく、右同被告の供託は右手附の倍戻にもならない。

原告等はすでに右売買代金の内金七十二萬円を被告冨坂喜代造に弁済の為提供し右契約の履行に着手したからもはや手附倍戻による解約は出来ない。仮に然らずとするも本件係争土地は原告等にとり生活上必要欠くべからざる為に二年有余の日時と困難な資金調達のあげく買受けたものであり、かかる事情を充分知つている売主被告冨坂喜代造が単に他に有利に売却する目的のみにて右契約を解除することは権利の濫用あるいは公序良俗違反であつて憲法第十二条又は民法第一条に照らし無効である。と述べ、証拠として甲第一、第二号証を提出し、証人中村友一の証言及び原告井出文夫本人訊問の結果を援用し、乙第一号証の成立を認めた。

被告等代理人は原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。との判決を求め、答弁として原告等主張の請求の原因たる事実を認め、抗弁として、被告冨坂喜代造は原告等に対し昭和三十三年十二月二十五日右手附金金十六萬円の倍額である金三十二萬円を提供し原告等と同被告間の右売買契約を解除する旨の意思表示をしたがその受領を拒絶されたので翌二十六日右金三十二萬円を名古屋法務局に弁済の為供託したから右売買契約は解除された。けだし手附契約は要物契約なるがゆえに、右売買契約において手附金を金四十八萬円と定めるも右約定は単なる手附の予約にすぎず、手附金は現に交付のあつた金十六萬円であるからである。仮りに手附金が金十八萬円であるとしても被告冨坂喜代造は右手附金の内金十六萬円の倍額については右に述べたとおり供託し、残手附金三十二萬円については昭和三十四年一月五日に金三十二萬円を供託した上原告等に対し、右供託金と原告等が昭和三十三年十二月二十六日に供託した金三十二萬円(これについては言語上提供の意味において)を原告等において取戻し、それらを手附金倍戻しによる解約金に充てられたい旨の通知をなし本件売買契約を解除する意思表示をして右売買契約を解除した。即ち当時の供託所の取扱上供託書と供託通知書とを添えないと被供託者において供託物の還付を受け得ないのに反し供託者は供託書のみを添えて供託物の取戻を受け得ることとなつており、原告等は供託通知書のみを送付して供託書を送付していないのであるから原告等の供託した右金三十二萬円は被告冨坂としては即座にこれを利用し得ないのに対し原告等は直にその供託物の取戻をなし得る立場にあつたのであり金三十二萬円の倍戻につき右の如く取扱つても信義則上有効である。よつて原告等の本訴請求は失当である。と述べ証拠として、乙第一号証を提出し、被告冨坂喜代造本人訊問の結果を援用し、甲各号証の成立を認めた。

理由

原告等主張の請求の原因たる事実は当事者間に争いがない。よつて被告等主張の抗弁につき審究せんに一般に手附は特別の意思表示なき限り解除権を留保する性質を有する解約手附と認むべきものであり、本件手附について原告等所説のごとく証約手附と解すべき特別の意思表示のなされたことを認むるに足るべき証拠も格別ないので右手附は解約手附であると認定すべく、又前記金四十八萬円は被告等所説の如く単なる手附の予約にして内金十六萬円が手附であるものと認むべき証拠なく、却つて当事者間に争なき前記認定の事実によれば右手附金の弁済期が前記認定の如く二回に分割せられておるに止りその額は金四十八萬円と明定せられていることが明らかである。

よつて、被告冨坂喜代造が原告等に対し、昭和三十三年十二月二十六日前記説示のごとく、かねて原告等より交付を受けし前記手附金の内金十六萬円の倍額である金三十二萬円を供託して右当事間における前記売買契約を解除する旨の意思表示をなしたことは当事者間に争はないけれども、右金員の供託をもつて、右手附の倍戻となし難いので、右解除の意思表示は無効という外はない。

次に原告等が昭和三十三年十二月二十五日被告冨坂喜代造に対して右手附残金金三十二萬円を供託し、同被告が昭和三十四年一月五日原告等に対し金三十二萬円を右手附倍戻の内金として供託したことは当事者間に争なく成立に争のない乙第一号証によると被告冨坂喜代造は昭和三十四年一月五日付供託通知書をもつて同被告がかねて原告等に対し供託せる前記説示の金三十二萬円及び右同日の金三十二萬円に原告等の供託せる金三十二萬円を便宜原告等において取戻の上以上合計金九十六萬円を右手附の倍戻による解約金として受領せられたい旨の申入をなしていることが認められるので同被告はここに改めて原告等に対し手附倍戻による右売買契約解除の意思表示をなしたものと解せられない訳ではない。

然るに供託法第八条第二項によると供託者は民法第四百九十六条の規定によれること、供託が錯誤に出でしこと又はその原因が消滅したことを証明するにあらざれば供託物を取戻すことを得ずと規定せられ、又民法第四百九十六条第一項によると債権者が供託を受諾せず又は供託を有効と宣告したる判決が確定せざる間は弁済者は供託物を取戻すことを得。この場合においては供託をなさざりしものと看做す。と規定せられており、被告等の右に所謂便宜原告等において取戻すべき旨の意義がその何れなるやは不明なるも原告等の供託にかかる右金三十二萬円を原告等において便宜取戻すためには所詮右供託の効力を否定する方途に出づる外ないので、原告等において被告冨坂喜代造の右申入を任意諒承すれば格別記録上明らかなようにその意に反して右取戻すべき金員が右手附倍戻の金員の一部として適法に(現実乃至言語上におけるものとして)原告等に提供せられたものとは解し難いので被告等主張の手附倍戻による右売買契約の解除の意思表示も亦無効と断ずる外はなく、被告等の該抗弁は理由のないものとして排斥する。

果して然らば爾余の争点について判断をなすまでもなく原告に対し、被告冨坂喜代造は前記売買残代金金三百二十九萬三千百円と引換えに前記仮登記に基づく別紙目録記載の土地の所有権移転登記手続をなすべき義務あり、被告等は右土地につき被告等のなした名古屋法務局広路出張所受付昭和三十四年六月十日第壱弐弐四四号売買に因る所有権移転登記の抹消登記手続並に右土地の引渡をなすべき義務あり又被告等において原告等の右土地に対する所有権を争つていることが記録上明らかであるので原告等は被告等に対し右所有権の確認を求むる利益があるので原告等の本訴請求はすべて正当としてこれを認容し、民事訴訟法第八十九条、第九十三条により主文のように判決する。

(裁判官 小沢三朗)

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